とあることがきっかけで書き始めた網膜剥離日記でしたが、書きながら色々と思いが溢れ出てしまい、せっかくだからとラノベ風にでもしてみるか、ってやってみたら、こんな長編になってしまいました(^^;;;
当時は本当にびっくりしたし、悩んだし、泣いたし、痛かったし、辛かった半年間でした。
でも、私は生きているし、今も元気にスノーボードしています。
手術は信じられないくらい痛いし、失敗するリスクや後遺症だってもちろん怖い。
だけど、信頼できるドクターがいれば、一緒に乗り越えられるものです。
私の網膜剥離手術は完全に成功で、定期検診のときに「素晴らしい手術ですね」と褒められることもあるほど。
順天堂大学病院で手術を受けて本当に良かったです。
ところで、この日記の6話(Retina #06「計画」 - 電磁波に撃たれて眠りたい!)で、「後遺症の発生率は100%」と書きましたが、もちろん私にも後遺症は残りました。
- 2%程度の視野湾曲(左視野の下部。暗く歪んで見える)
- 左目内斜視(若干レベル)
- 左目を動かせる範囲に制限あり(上端と左端に眼球を動かせない)
- 左目の充血(一生治らない。赤道部輪状締結による後遺症)
- 恐ろしい量の飛蚊症(晴れた日はサングラス必須)
- 鳥目(特に夕方がダメ。運転変わってもらわないと危険なレベル)
だけど、別に生活に困窮する程ではないし、こんなの個性や生まれつきのものだ、といわれれば、そんなものでおさまる程度のものです。ありがたいことに、幸い再発もせずもうすぐ20年が過ぎようとしています。
この網膜剥離の手術を受けたことに関して一切の後悔はないし、またその原因を作ったであろうスノーボードに対しても、まったく後悔はありません。むしろ、あんなにも強い想いを持てるほど楽しめるスポーツに出会えたことに感謝すらしています。もしこれがただの不慮の事故だったら、どういう判断を下していたのか。今の私が形作られていない可能性は十分にあります。
そして、もう1つ感謝しなければならないことがあります。
それは、あの時にはまだこの世に存在すらしなかった自分の子どもたちと一緒に、運命の地・富良野で、再びスノーボードを楽しめたことです。 あの事故からの復活で、スノーボードは、我が家の共通の趣味になったんです。
ほんの少しでもいい。
この日記が、これから網膜剥離の手術を受ける、誰かの勇気の糧になってくれることを願います。
完